名も無き道を揺らめくように歩いていく。
目的地はない。帰る場所は知っていても、私は行くべき場所を忘れてしまった。
何処へ行けばいいのだろうかと、足が動く限り歩き続ける。
彷徨うばかりなのに眼差しだけは虚ろながらも前を見つめていた。
不意に動き続けていた足が立ち止まる。
前にもう道はなかった。行き止まり。
引き返せばまた歩き出せるはずなのに、私はただ一点を見て立っていた。
―――零れ落ちる薄紅色。
名前は―――そう、『桜』。
たった一本だけで、青空の下美しく咲き誇る、大木。
ひとりだけでも折れも撓れもせずそそり立つそれを見て、まだ道の先に目的地があった頃を思い出す。
あの頃の思い出はとても暖かくて、時折紐開けばいつでも自分を迎えてくれた。
しかしある日それにも隙間があいてしまった。
もしかしたら、私は隙間を埋めるものを探していたのかもしれない。
桜の木に背を向ける。
見ていたら、このまま歩き出せなくなってしまいそうだったから。
身体が重い。脚が重い。
もしかしたら、私はもう歩けないのかもしれない。
ここで立ち止まってそれで終わるのも、それは、それで、―――。
(―――――)
ここにないはずの聞こえない声に振り返る。
目線は引き寄せられるように大木の根元へ。
あの頃そこに在った碧が、優しい微笑みを浮かべてこちらを見上げていた。
「レ―――」
口にしようとした名前は、花弁と共に舞い上がる嵐にかき消されて―――。
花弁の舞う嵐が止む。
庇う腕を下ろす。
桜の木が立っていた。
折れることもせず、撓ることもせず。
たった一人で立っていた。
そしてまた背中を向けて歩き出す。
包み込むような暖かい風に、心の隙間は埋まっていたような気がした。
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