『牧場物語 ようこそ!風のバザールへ』より
ロイドと女主人公(フゥ)の話。
※主人公は口がきけない=しゃべれないという設定です
ロイドと女主人公(フゥ)の話。
※主人公は口がきけない=しゃべれないという設定です
今日もまた朝が来る。
眠気の抜けない頭で小屋の中を歩いていると、少し遠くから動物の鳴き声。
(もうそんな時間か)
ぼんやりとしていた思考がはっきりと冴えていくのが分かる。この音もまた、いつしか日常の一つになっていたらしい。
もうすぐ彼女もここへ来るだろう。何でも日課の一つになっているらしい。
しかし他人の日課といえどまさか待っているわけにもいかない。こちらにも用事というものがある。……いや、急ぎではないが。
そうこうしているうちに、こんこんと後方のドアが叩かれた。返事はしない。いつしかそれが当たり前になっていた。
がちゃりと心地いいと思える音。とてとてと足音が数回。振り向けばいつもの恰好で、いつもと変わらぬ笑みを浮かべてそこに立っている。
ここから少し川の上流にあたる、牧場の若き牧場主であり風使い。彼女の名前をフゥという。
「よう、朝から元気だな」
いつもの挨拶をしてやれば、にっこりと満面の笑みを浮かべる。言葉で感情を表すことができないぶん、彼女の表情はそれは豊かだ。
「……で? 今日は何を持ってきたんだ?」
フゥは今さっきとは少し違う得意満面の笑みを見せる。そして彼女が持ち物から取り出したものは、ほくほくと温かい湯気を立てていた。
「ホットケーキか。お前が作ったのか?」
嬉しそうにこくりと頷く、その仕草はこの町の子供たちとほとんど同じだ。
「お前も随分料理が上手くなったもんだな。レシピも相当増えただろ」
さらにこくりと頷く。どうもこいつは褒められることが好きらしい。どこまでも子供のような表情。
「前みたいに失敗作ばかり抱えて道を歩いてる姿を見ることはなさそうだな。一安心だ」
昔と言えるほどでもない過去の話を蒸し返すと、フゥは一瞬顔を赤くしてそれから照れ笑いを浮かべて帽子を押さえた。
そして持ち物の中からいつものペンと小さなノートを取り出し、何やらさらさらと書いて俺に見せる。
『明日は、ロイドの大好きなもの、持ってくるね』
「俺の?……フゥに話したことあったか」
ふとした問いかけに本人は首を横にふるふると振る。さすがに少し呆れてしまう。
「おいおい、俺の好物を知らなくて、どうやって作るっていうんだ?」
フゥはその言葉にきょとんと眼を丸くして、それから腕を組み、首をひねって考え出す。
相変わらず計画性のないやつだ。思わず苦笑が零れる。
「いっとくが、そう簡単に用意できるものじゃないぞ。先の季節ならまだしも、今じゃ」
ヒントを与えるようなことを気づけば口にしている。しかしフゥはにこりと笑って、手をひらひらと振る。
「まあ、期待しないではおく」
つもりはないにしても、その言葉で話は終わった。
合わされた視線が逸れてドアのほうを向く。訪れた音が緩やかな静寂に呑まれるまでその背を見送るようになったのは、果たしていつのことだったろう。
かちゃりと、来訪の時より穏やかな音が響く。
瞬間、彼女の背中から風が吹いた。勢いに思わず目を細める。
鮮やかに彩られた世界。単調だった色彩は、存在するはずのなかった光と音をここへ、導いた。
風が止む。彼女の姿は去っていた。明日も同じように、心地よい音色が聞こえてくるだろう。
それを心待ちにしている自分に、心のどこかは気づいている。
聞こえないからこそ、その音色はどこまでも響いて。
静けさに囲われていた世界は、温もりと愛しさに色づく。
(……そういや、今日は何日だったか)
カレンダーの日付は、秋の2日をさしていた。
眠気の抜けない頭で小屋の中を歩いていると、少し遠くから動物の鳴き声。
(もうそんな時間か)
ぼんやりとしていた思考がはっきりと冴えていくのが分かる。この音もまた、いつしか日常の一つになっていたらしい。
もうすぐ彼女もここへ来るだろう。何でも日課の一つになっているらしい。
しかし他人の日課といえどまさか待っているわけにもいかない。こちらにも用事というものがある。……いや、急ぎではないが。
そうこうしているうちに、こんこんと後方のドアが叩かれた。返事はしない。いつしかそれが当たり前になっていた。
がちゃりと心地いいと思える音。とてとてと足音が数回。振り向けばいつもの恰好で、いつもと変わらぬ笑みを浮かべてそこに立っている。
ここから少し川の上流にあたる、牧場の若き牧場主であり風使い。彼女の名前をフゥという。
「よう、朝から元気だな」
いつもの挨拶をしてやれば、にっこりと満面の笑みを浮かべる。言葉で感情を表すことができないぶん、彼女の表情はそれは豊かだ。
「……で? 今日は何を持ってきたんだ?」
フゥは今さっきとは少し違う得意満面の笑みを見せる。そして彼女が持ち物から取り出したものは、ほくほくと温かい湯気を立てていた。
「ホットケーキか。お前が作ったのか?」
嬉しそうにこくりと頷く、その仕草はこの町の子供たちとほとんど同じだ。
「お前も随分料理が上手くなったもんだな。レシピも相当増えただろ」
さらにこくりと頷く。どうもこいつは褒められることが好きらしい。どこまでも子供のような表情。
「前みたいに失敗作ばかり抱えて道を歩いてる姿を見ることはなさそうだな。一安心だ」
昔と言えるほどでもない過去の話を蒸し返すと、フゥは一瞬顔を赤くしてそれから照れ笑いを浮かべて帽子を押さえた。
そして持ち物の中からいつものペンと小さなノートを取り出し、何やらさらさらと書いて俺に見せる。
『明日は、ロイドの大好きなもの、持ってくるね』
「俺の?……フゥに話したことあったか」
ふとした問いかけに本人は首を横にふるふると振る。さすがに少し呆れてしまう。
「おいおい、俺の好物を知らなくて、どうやって作るっていうんだ?」
フゥはその言葉にきょとんと眼を丸くして、それから腕を組み、首をひねって考え出す。
相変わらず計画性のないやつだ。思わず苦笑が零れる。
「いっとくが、そう簡単に用意できるものじゃないぞ。先の季節ならまだしも、今じゃ」
ヒントを与えるようなことを気づけば口にしている。しかしフゥはにこりと笑って、手をひらひらと振る。
「まあ、期待しないではおく」
つもりはないにしても、その言葉で話は終わった。
合わされた視線が逸れてドアのほうを向く。訪れた音が緩やかな静寂に呑まれるまでその背を見送るようになったのは、果たしていつのことだったろう。
かちゃりと、来訪の時より穏やかな音が響く。
瞬間、彼女の背中から風が吹いた。勢いに思わず目を細める。
鮮やかに彩られた世界。単調だった色彩は、存在するはずのなかった光と音をここへ、導いた。
風が止む。彼女の姿は去っていた。明日も同じように、心地よい音色が聞こえてくるだろう。
それを心待ちにしている自分に、心のどこかは気づいている。
聞こえないからこそ、その音色はどこまでも響いて。
静けさに囲われていた世界は、温もりと愛しさに色づく。
(……そういや、今日は何日だったか)
カレンダーの日付は、秋の2日をさしていた。
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